Healthy,Tasty&Wise 心地良い毎日をすごすために

気づきと平静さのある暮らし。 千葉県の長南町にある古民家に移り住みました。

”暮らしの中に、小さなこだわりを重ねることで得られる喜びがある”

「食」と「住」の”快適”を積極的に楽しみたい!という人が
集う場を作っています。

・東京・千葉古民家での料理教室(ベジタリアン)や、バッチフラワーレメディのセミナーや個人セッション、住空間コーディネートについてのインフォメーションはこちらのブログの他、下記↓ウェブサイトにてお知らせしております。

http://www.healthytastyandwise.com

「ここに来ると、本気で生きるためのヒントが手に入ります」

「古事記」のラジオ講座

我が家の近くには防衛省の大きな鉄塔があります。
なので、電波障害でラジオが聴けません。

なので、今日から始まる「古事記」の講座のテキストを
買ったものの、番組は聞けないのです。
でも、テキストもあるし、他にもいっぱい
情報源はある。

今日、こんなサイトに出会いました。
「歴史ラジオ」

今の私の興味にぴったり♪
今日は「天岩戸」の部分を聞きました。

神様の名前は長くて読みにくいし、
文字で追っていると退屈になるけど、
音声で聞くとイメージがしやすかったりしてとてもいい。

しばらく楽しめそうです♪

✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾

NHKラジオ第2放送 「カルチャーラジオ」テキスト

幸せな午後

今日、中学時代からの同級生とランチ&お茶をしました。
彼女は現在、ご主人のお仕事の関係でイギリスに在住。
一時帰国されるときに、会ってお話しするのが楽しみとなっています。
今回は5カ月ぶりぐらい。


今日もたくさんお話をしました。
彼女との会話は、本当に楽しくて、
とても充実した時間を過ごすことが出来ます。


日本語教師として働いている彼女。
「言葉」プロフェッショナルなので、
言語そのものの話はもちろんのこと、それを学ぶ人たちのこと、
日本人・その他の国の人たちののもつ感性、など、
現場を知る人だからこそのお話は非常に興味深いです。


同じ環境で英語教育を受けたからこその話もしました。
私たちが通った中学校は英語の授業が週に7時間以上あり、
中学1年生から外国人の先生による少人数の会話授業や
英語のスピーチコンテストの練習など、結構厳しく
「英語を体得する」という感覚で進められます。

なので、高等部になっていきなり文法、構文・・・などが
出てきて私は一気に英語が嫌いになりました。
彼女も同じだったと聞いて、ああ、私だけじゃなかったんだ~
となんだか嬉しくなりました。

これで英語の勉強やり直し出来そうです(笑)。



イギリスにいることで理解を深めることが出来ることもあります。
世界のさまざまなところで存在する格差社会、階級社会、
不平等。それのもつ意味や、意義、そんな話もしました。
所謂"noblesse oblige"ということですね。


私もイギリスで、そして中国でも感じましたが、
こうして外の世界を見ることが出来て、本当に良かったと、
自分の小さな視点では考えることもなかった、そこに潜む
意味や意義を少しだけ鳥瞰することができるようになり、
少しだけ、世界を、理解を、広げることが出来る。



彼女と話しているとたくさんのインスピレーションを
もらうことが出来ます。本当に幸せなひと時でした。


これからも自らの手で、そして多くの人たちの助けに感謝しつつ、
知恵と知識の翼を広げていきたいと思います。

伊勢神宮

いろいろ感じるところあって、3月に伊勢神宮に行くことにしました。
前回訪れたのは2003年12月、この年の終りに上海に行くというタイミングでした。

昨年秋から始めた西洋占星術の勉強。
以来、宇宙、神話といったことが私の中でマイブームになっています。

いままでもちょっと怪しいことに興味を持っていましたが、
とうとうここまで来たか(がっくり…(>_<))
というのが正直なところ。
でも、好きなんだから仕方ない。
そして、こういうことやっているのがとっても楽しい。

目を輝かせて宇宙、とか、占星術の話をする妻を、
夫は暖かく見守ってくれています(ありがとう・・・涙。)


時々身体のメンテナンスをしていただいる方とお話している際に
神道の話になり、伊勢神宮の話をしました。
その方は神道にもとてもお詳しいのですが、伊勢神宮の参拝の仕方など
詳しく教えてくださり、その話を聞いている間に、やはり伊勢に行きたい、
という気持ちが高まってきました。

2003年に伊勢神宮内宮を訪れた時、歩きながら”心洗われる感覚”
を覚えましたが、それは本当にそうなのだろうなあ、と思います。


今書店に並んでいる「一個人」という雑誌。
今月は「日本の神様と神社入門」。夫と二人、興味津津読みました。
改めて伊勢神宮の素晴らしさを感じ、訪れるのを楽しみにしています。


また、「家庭画報」にも伊勢神宮の神饌についての記事が。
とても興味深く読みました。


(家庭画報は見ているだけで楽しい雑誌、大好きです)


伊勢には美味しいものもいっぱい

牡蠣、アワビ、赤福、そしてもちろん伊勢エビ。
えっ?やっぱりそっちがメインだろ?の声も聞こえそうですが・・・

いえいえ、敬虔な気持ちで参りますとも!




✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾


不思議な流れを感じます。


'09 秋-占星術の勉強を始めた
     ↓
   宇宙への興味が湧いた、星座の裏にある神話への興味を持った
     ↓
'09 11月 ― 友人から壱岐の話を聞き、日本の神話に興味を持った
     ↓
'09 12月 ― なんとなく伊勢神宮を再訪したい気分になった
     ↓
'10 元日 - 伊勢の宿を予約
          → 2日 書店で「一個人」を夫が手に取り
             「良いタイミングで勉強できる本に出会えてよかった~」
          → 4日 書店で私が購入した「家庭画報」に
             ”神饌 日本の”食の原点”をみつめてという記事が
             NHKラジオでカルチャーラジオ「古事記」という番組が
             始まることを知り、テキスト購入



ここ数年間、私は「アウトプットすること」が主な活動であり、
新しいものを積極的に内に受け入れるということに
ついては興味を持てないでいました。

また、知恵というものの大切さに重きを置いていたので、
本を積極的に読むことも、何か新しい体系を学ぶことも
しませんでした。

しかし、最近になって、それが変化しています。
また新しい流れが、やってきたのかもしれません。

楽しみ、楽しみ、楽しみ♪

大晦日&三が日

今年のお正月はあっという間でした。

でも、夫とのんびり過ごす貴重な時間。

大晦日は明治神宮に行き、大祓い(のつもり)。
その後、表参道を歩いて、渋谷まで。
東急東横店にある蕎麦「小松庵」で大好きなとろろせいろを食べて帰宅しました。

このとろろせいろは私が初めての瞑想コースの時、6日目頃から夢にまで出てくるほどに食べたかった品(笑)。

なぜとろろ蕎麦だったのか理由わからないのですが、たぶん鰹出汁に飢えていたのでしょう。インドで1カ月以上過ごした後だったので。食べ物への執着が強い人はそれが出てくると、その後の瞑想コースで先生に教えられ、納得しました。


さて、2010年の幕があけ・・・
元旦から元気に過ごしました。


元旦はいつものように5時半に起きて瞑想。
終わってからすぐに近所の神社へ初詣。

毎年、須賀神社に行きます。

そして、ごあいさつし終わって振り返ると、少し高く昇った初日の出。
「今年もよろしくお願いいたします。」と手を合わせ、体いっぱいに朝日を吸い込みました。

お正月の都内は車も少なく、私の好きな東京です。
空も青いし、のんびり。
「このままお散歩しようか?」ということになり、
上智の土手を歩きます。

そしてこのまま神社巡りへ突入。

赤坂の日枝神社で参拝。
そして、私の実家の氏神さまである赤坂氷川神社に参拝。

さすがにちょっと一息つきたくなって、ANAインターコンチネンタルでお茶しました。
この時点で午前8時半ごろ。
ホテルのレストランには朝食をとる方たちの姿がちらほら。

やはり早起きは気持ちが良いです。
今年も早起き続けよう~という気になりました。


~~~~~~~~~~~~~~~~



2日は、六本木ミッドタウンまでお散歩。
サントリー美術館で催されている「鏑木清方」の展示を見に行きました。






サントリー美術館には会員制度があって、
年間7,000円でレギュラー会員になると、本人+同伴者1名が展覧会会期中何度でも入場でき、図録の割引や、イヤホンガイド無料などなど様々な特典があります。

今月、ちょうど更新手続きの月だったので、それも兼ねてミッドタウンへ。

お正月2日でしたが、結構たくさんの方が見にいらしていました。

清々しい日本画を見て、心穏やかになりました。
今年は絵筆を持つような、心の余裕のある時間を過ごしたいと思いました。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


3日は家で夫の漆塗りの途中経過を研ぎながら、箱根駅伝を観戦。
出身校を応援しながら、のんびり過ごしました。



そんなこんなであっという間に終わった3が日でした。

今日からは日常へ。

今年も良い1年となりますように~♪

あけましておめでとうございます!

あけましておめでとうございます。

昨年もみなさまのお陰でとても充実した1年を過ごすことが出来ました。
心から感謝申し上げます。

今年も、好きなことを存分にやっていきたいと思います。
お付き合いいただけたら嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします。


✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾




元旦に楽しんだ、我が家のお節。
アナゴの昆布巻きや黒豆、手綱こんにゃく、松前漬け、栗きんとん♪
甘さ控えめです。





お雑煮は夫が制作中の漆塗りのお椀を、完成前に
フライングで使っちゃいました。

器完成にはもう少し時間がかかります。


でも、こうして手作りの器をお正月に使うことが出来て
とっても嬉しかったです♪

まな板の削り直し

1日の多くの時間を台所で過ごすことが多い私。
台所の大掃除が終わるとほぼ家じゅうが片付いた気分になります。

1年間お世話になって汚れてしまったクロスを
新しいものに取り換えたり、引き出しに敷いてある敷紙を
変えたり。すっきりと新年を迎えたい。


今年、まな板を削りなおしに出しました。
昨年から愛用しているいちょうの1枚板のまな板です。


まな板はいろいろと試してきましたが、包丁の刃のあたり方が
非常にソフトで感触がとても良いこと、傷になりにくいこと、
水の切れが良くてカビなどが全く出ないこと、などなど、
さすがイチョウのまな板は一味違う♪とお気に入りになりました。


手入れしながら長いこと使う。
私が大好きなことです。
そんな当たり前のことを、当たり前にできることが
今は貴重なのかもしれません。


私が愛用している「双葉」のイチョウのまな板。
http://www.icyomanaita-futaba.com/manaita.html

こちらでは、購入したまな板を無料で削りなおしてくれます。
(往復の送料のみ負担となります。)
こういうサービス、本当に素晴らしいです。

削りに出す前のまな板。
1年間ありがとう♪




そして、削り直しをしていただいて、手元に戻ってきたまな板♪



見目麗しゅう~♪

毎日のように使っている道具なのでとても愛着があります。
その道具がきれいに蘇って、また1年共に過ごせることの嬉しさ。
来年もどうぞよろしくお願いします、という気持ちになります。

こういうの本当に大好きです。


✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾


我が家では包丁を研いでくれるのは夫。
いつも丁寧に研いでくれるので、とても感謝しています。

プラスチックのまな板も持っていますが、
研いでくれたあとの包丁を使うときは、どうしても
刃あたりが柔らかい木のまな板を選んでしまいます。

心地よい音がします。

来年も、美味しい幸せな食卓となりますように。

クリスマス

12月25日。Christmas day ですね。
中学・高校、そして大学とキリスト教の学校で過ごした私にとって、そして、人生の一時期クリスチャンだった私にとって、イエス・キリストの誕生を祝うこの日はやはりいろいろなことを思う日です。

今日は自分とキリスト教との関り合いについて思い出したりしていました。


私が初めて教会に行ったのは小学校5年生ぐらいの時だったと思います。きっかけはあまり良く覚えていませんが、当時父が脳血栓で倒れ左半身不随となり、普段の日は店で忙しく働く母は日曜日には父のいる病院に行っていたので、教会の日曜学校に通っている友人たちに誘ってもらって、はじめて教会というところに足を運んだのだと思います。

子供なのに超現実的だった私は、聖書の中の話を最初は全く信じることが出来ず、奇跡の話などを「ありえない」と思いつつ、冷めた視線を送っていたと思います。しかし、父が病気になるまでわがまま放題に可愛がられていた私は、自分の身の上に起こっている現実を受け入れることの難しさを次第に感じるようになり、それと同時に聖書の中の言葉に救いを見出すようになりました。

「疲れた者、重荷を負うものは、だれでも私のもとに来なさい。私があなたを休ませてあげよう」(マタイの福音書11章25節)

今から思えば10歳そこそこの年齢で、このような言葉にグッとくるのはどうかと思いますが(笑)、いずれにせよ幼いころにキリスト教に出会い、自分の生き方というものを考えるきっかけが出来たことは、とても幸運でありがたいことであったと思います。

中学受験で選んだ学校はミッションスクールだったので、毎週日曜日には教会に行くことが必須でした。楽しいと思って通っていたわけではなかったと思いますが、まじめに毎週教会に行っていました。聖書の中に書かれているさまざまな言葉を聞くことで、その時々いろいろなことを考えていたのだと思います。今となってはほとんど思い出せません。

高校生の時、洗礼を受けました。以来、はじめてヴィパッサナー瞑想のコースに参加するまでの17年間、私は一応クリスチャンでした。教会にもあまり行かず、クリスチャンであることに迷いながらの時間の方が長かったと思います。

しかし、キリスト教、という宗教が身近にあったことで、私の生き方、考え方は大きな影響を受けたと思います。宗教、という存在があまり身近ではない今の日本人の中で、私は特定の宗教を持つ存在であった、ということがとても貴重な経験であったと思っています。

インドで参加したヴィパッサナー瞑想のコースには様々な宗教の人たちが来てました。シーク教徒、イスラム教徒、ヒンドゥー教徒、クリスチャン、そして仏教と様々でした。ですから瞑想コースに参加したら改宗しなくてはならない、ということは全くありません。でも、私はもうクリスチャンであることが出来なくなってしまった。それは自分の中あった「信じる」という作業に対しての抵抗感に気が付いてしまったから、そして、私にとっては「信じる」という作業は「完全に腑に落ちていないからこその行為だ」ということがわかってしまったからでした。

瞑想を始めるまで、私にとって聖書の中の言葉は「信じる」か「信じないか」の対象であり、宗教でした。しかし、今、私にとって聖書の中の言葉は「真理である」という想いがとても強いのです。クリスチャンである、という状態を離れてからの方が、聖書の中の言葉に共感することが多々あります。仏陀の言葉にも素晴らしい、と思う言葉がたくさんあります。しかし、私はまだそれについてあまり多くを知りません。どちらかというと聖書の中の言葉の方が多く見聞きしています。なので、事あるごとに聖句を思いだし、この言葉はこんな意味だったのか、と今になって分ることがたくさんあります。それは「聖書に書いてあるから」ではなく、「真理だ」と感ずるからです。宗教、は後の世に他の人によって作られた形であって、キリストも、お釈迦さまも、宗教にしろなんて一言も言っていなかったと思うのです。悟った人はそんなことは言わなかったと。

今日はクリスマス。
愛を説いたイエスキリストの生涯を思って、自分の中にも少しでも「愛」を育てる日にしたいです。


私が好きな聖句を一つ、そして、今年瞑想センターで奉仕した時に教えてもらった仏陀の言葉を一つ。

まず聖書から。マタイ:7章1節~5節
「さばいてはいけません。さばかれないためです。
あなたがたがさばくとおりに、あなたがたもさばかれ、あなたがたが量るとおりに、あなたがたも量られるからです。
また、なぜあなたは、兄弟の目の中のちりに目をつけるが、自分の目の中の梁には気がつかないのですか。
兄弟に向かって、『あなたの目のちりを取らせてください。』などとどうして言うのですか。見なさい、自分の目には梁があるではありませんか。
偽善者たち。まず自分の目から梁をとりのけなさい。そうすれば、はっきり見えて、兄弟の目からもちりを取り除くことができます。」

そして、マッジマ・ニカーヤから。「正しい言葉」
「正しい言葉を使う者たちは、真実を話し、誠実で、信用がおけ、頼みになげ、他人に対して率直である。彼らはけんかを和解させ、和合を促す。調和に歓喜し、調和を求め、調和に喜びを見いだし、言葉を使って調和を生み出す。彼らの言葉は穏やかで、耳に心地よく、思いやりがあり、心温まる。また礼儀正しく、理にかなっていて、人々を喜ばせる。彼らは当を得た時に、事実に基づき、相手の助けになることを、ダンマと行動規範に沿って話す。彼らの言葉は覚えておくに値し、時宜を得ており、しっかりとした道理に基づき、よく選ばれた建設的なものである。」


✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾



今年のクリスマスは夫婦揃ってメサイアを歌う機会に恵まれました。なので、今年はいつもより、キリストの生涯について想いを馳せる時間が長くありました。同じくミッションスクールで中・高・大学を過ごし、瞑想を共にする夫ともたくさん話をしました。二人とも同じバックグラウンドだと言うのはとてもありがたいことで、私が「今日はこんなことがあってね。こんなことを考えたんだけど、これって聖書の中にあるあの話だよね。こういう意味の話だったんだ、ということがやっとわかったよ~」といっても、すんなりと通じるので、とてもスムーズなのです。

自分が日々の中で感じたこと、考えたこと、気がついたこと、を夫と話すのはとても楽しく、貴重な時間です。それについて意見を交わしたり、理解が間違っていれば助けてくれたり、新しい視点を提供してくれたり。これからも続く日々の学びのためのありがたい伴侶がいてくれること、なんて幸せなのだろうと思います。
アクセスカウンター

  • ライブドアブログ