3月10日、11日「春庭花市」@大多喜ハーブガーデン3月のランチ営業@芳泉茶寮

2018/03/13

あの暮らし、から、この暮らしへ

(最近あまりこういうことブログに書かないんですが、
昨日、東京に行って思ったこと、書いてみます)


東京の街を歩いてて思ったこと。

アスファルトで覆われた地面の上に、
高い建物がたくさん建っていて、その
建物の中に、箱のような部屋の中に人間が
住んでいる。

アスファルトの下にある土は完全に存在を
消されてて、もちろんその中を流れる空気や
水の流れなんて完全に無視されてる。

窒息状態の大地のところどころに木が植えられてて、
ソメイヨシノだけが不自然に整列してたりする。

もうすぐ、その桜が咲くと、花見だといって
人は集い、その下で酒を飲む。



どこに移動するにも秒単位の狂いもなく移動できる
手段が効率的に動いていて、計画通りに動くことが
できる。

そして、買いたいと思ってるものが、
思い通りに手に入る。
お金を払うと、希望通りに
ものを渡してくれる。

きれいなもの、新しいもの、かわいいもの、
がたくさん並んでて、それを買うために人も
並んでる。

昼間一生懸命働いて、お金を得て、帰宅途中に
買い物をしたり、おいしいものを食べたりして
そのお金を使う。そしてまた、お金を得るために
働く。


東京は「消費者」として生きるにはすごく
便利な場所。でも、消費する以外の
ことをやるにのはとても難しい。

唯一、気軽になにかを作れるとしたら
料理ぐらいかもしれない。


2011年に今住む古民家に出会い、
2015年12月に完全に東京から長南町に移住して、
2年ちょっと。

東京に住んでいた最後の10年弱、
ずーっと心の奥にモヤモヤしたものがあり、
何をしても心の底にあるその「なにか」は
ぬぐえなかった。

私は大変ありがたいことに、周りの人たちにも恵まれ、
時間の余裕もあり、お金のストレスがあるわけでもなく、
自分がやりたいことを好きな時にできていたのだけれど、
それでもあのなんとも言えない苦しい感じや、
満足感のなさは、なにをしても影のようにくっついてきて。

何を食べても本当においしい、と思うことはなく、
何をしても本当に楽しい、といえず、
「みんな、本当にこれを美味しいと思って食べてるの?」
「楽しいと思って生きてるの?」
と、感じてた。

20代の頃はそれでもまだなんか楽しい感じが
してた。世界のいろいろな国に行って、そこで
いろいろなものを食べて、いろいろな人に会って、
それが楽しかったし、たくさんの経験をさせてもらった。

それが、いつの頃からか、
空虚さが離れなくなっていた。


今、決して「楽チン」ではない毎日。
毎日ひたすらにお菓子を焼いたり、
食品を作ったり、
やることが山のようにたくさんあって、
つねにパタパタ動いてる。

1日中手を動かしているにも関わらず、
庭の手入れも家の手入れもできてないことが
いっぱい。あっという間に1日が終わる感じ。
やること満載過ぎて全然スローライフじゃない。

でも、あの、なんだかわからない不満足さや、
どうしてもぬぐえなかった「これの何が楽しいの?」
という感覚はない。

お金が潤沢にあるわけじゃないのに、
むしろ不安は昔よりない。

街中のようにお店がいっぱいあるわけじゃないけど、
好きなお店は食べに行くだけじゃない、その人に
会いに行く楽しみのある場所ばかり。

食べるものも、身につけるものも、
作り手の顔も、声も知っているもの。


今はその「のどに引っかかってた骨」みたいのが
とれて、もうあの感覚はない。

そして、
ああ、今の暮らしを選んでよかったな、って。


帰りの電車の中でこんなことを思ってました。



IMG_6909
夏の庭。冬が終わるとまた木々は芽吹く。楽しみ、たのしみ。


healthytastyandwise at 23:38│Comments(0)古民家暮らし | 「心」の手入れ

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