Healthy,Tasty&Wise 心地良い毎日をすごすために

気づきと平静さのある暮らし。 千葉県の長南町にある古民家に移り住みました。

2009年12月

”暮らしの中に、小さなこだわりを重ねることで得られる喜びがある”

「食」と「住」の”快適”を積極的に楽しみたい!という人が
集う場を作っています。

・東京・千葉古民家での料理教室(ベジタリアン)や、バッチフラワーレメディのセミナーや個人セッション、住空間コーディネートについてのインフォメーションはこちらのブログの他、下記↓ウェブサイトにてお知らせしております。

http://www.healthytastyandwise.com

「ここに来ると、本気で生きるためのヒントが手に入ります」

まな板の削り直し

1日の多くの時間を台所で過ごすことが多い私。
台所の大掃除が終わるとほぼ家じゅうが片付いた気分になります。

1年間お世話になって汚れてしまったクロスを
新しいものに取り換えたり、引き出しに敷いてある敷紙を
変えたり。すっきりと新年を迎えたい。


今年、まな板を削りなおしに出しました。
昨年から愛用しているいちょうの1枚板のまな板です。


まな板はいろいろと試してきましたが、包丁の刃のあたり方が
非常にソフトで感触がとても良いこと、傷になりにくいこと、
水の切れが良くてカビなどが全く出ないこと、などなど、
さすがイチョウのまな板は一味違う♪とお気に入りになりました。


手入れしながら長いこと使う。
私が大好きなことです。
そんな当たり前のことを、当たり前にできることが
今は貴重なのかもしれません。


私が愛用している「双葉」のイチョウのまな板。
http://www.icyomanaita-futaba.com/manaita.html

こちらでは、購入したまな板を無料で削りなおしてくれます。
(往復の送料のみ負担となります。)
こういうサービス、本当に素晴らしいです。

削りに出す前のまな板。
1年間ありがとう♪




そして、削り直しをしていただいて、手元に戻ってきたまな板♪



見目麗しゅう~♪

毎日のように使っている道具なのでとても愛着があります。
その道具がきれいに蘇って、また1年共に過ごせることの嬉しさ。
来年もどうぞよろしくお願いします、という気持ちになります。

こういうの本当に大好きです。


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我が家では包丁を研いでくれるのは夫。
いつも丁寧に研いでくれるので、とても感謝しています。

プラスチックのまな板も持っていますが、
研いでくれたあとの包丁を使うときは、どうしても
刃あたりが柔らかい木のまな板を選んでしまいます。

心地よい音がします。

来年も、美味しい幸せな食卓となりますように。

クリスマス

12月25日。Christmas day ですね。
中学・高校、そして大学とキリスト教の学校で過ごした私にとって、そして、人生の一時期クリスチャンだった私にとって、イエス・キリストの誕生を祝うこの日はやはりいろいろなことを思う日です。

今日は自分とキリスト教との関り合いについて思い出したりしていました。


私が初めて教会に行ったのは小学校5年生ぐらいの時だったと思います。きっかけはあまり良く覚えていませんが、当時父が脳血栓で倒れ左半身不随となり、普段の日は店で忙しく働く母は日曜日には父のいる病院に行っていたので、教会の日曜学校に通っている友人たちに誘ってもらって、はじめて教会というところに足を運んだのだと思います。

子供なのに超現実的だった私は、聖書の中の話を最初は全く信じることが出来ず、奇跡の話などを「ありえない」と思いつつ、冷めた視線を送っていたと思います。しかし、父が病気になるまでわがまま放題に可愛がられていた私は、自分の身の上に起こっている現実を受け入れることの難しさを次第に感じるようになり、それと同時に聖書の中の言葉に救いを見出すようになりました。

「疲れた者、重荷を負うものは、だれでも私のもとに来なさい。私があなたを休ませてあげよう」(マタイの福音書11章25節)

今から思えば10歳そこそこの年齢で、このような言葉にグッとくるのはどうかと思いますが(笑)、いずれにせよ幼いころにキリスト教に出会い、自分の生き方というものを考えるきっかけが出来たことは、とても幸運でありがたいことであったと思います。

中学受験で選んだ学校はミッションスクールだったので、毎週日曜日には教会に行くことが必須でした。楽しいと思って通っていたわけではなかったと思いますが、まじめに毎週教会に行っていました。聖書の中に書かれているさまざまな言葉を聞くことで、その時々いろいろなことを考えていたのだと思います。今となってはほとんど思い出せません。

高校生の時、洗礼を受けました。以来、はじめてヴィパッサナー瞑想のコースに参加するまでの17年間、私は一応クリスチャンでした。教会にもあまり行かず、クリスチャンであることに迷いながらの時間の方が長かったと思います。

しかし、キリスト教、という宗教が身近にあったことで、私の生き方、考え方は大きな影響を受けたと思います。宗教、という存在があまり身近ではない今の日本人の中で、私は特定の宗教を持つ存在であった、ということがとても貴重な経験であったと思っています。

インドで参加したヴィパッサナー瞑想のコースには様々な宗教の人たちが来てました。シーク教徒、イスラム教徒、ヒンドゥー教徒、クリスチャン、そして仏教と様々でした。ですから瞑想コースに参加したら改宗しなくてはならない、ということは全くありません。でも、私はもうクリスチャンであることが出来なくなってしまった。それは自分の中あった「信じる」という作業に対しての抵抗感に気が付いてしまったから、そして、私にとっては「信じる」という作業は「完全に腑に落ちていないからこその行為だ」ということがわかってしまったからでした。

瞑想を始めるまで、私にとって聖書の中の言葉は「信じる」か「信じないか」の対象であり、宗教でした。しかし、今、私にとって聖書の中の言葉は「真理である」という想いがとても強いのです。クリスチャンである、という状態を離れてからの方が、聖書の中の言葉に共感することが多々あります。仏陀の言葉にも素晴らしい、と思う言葉がたくさんあります。しかし、私はまだそれについてあまり多くを知りません。どちらかというと聖書の中の言葉の方が多く見聞きしています。なので、事あるごとに聖句を思いだし、この言葉はこんな意味だったのか、と今になって分ることがたくさんあります。それは「聖書に書いてあるから」ではなく、「真理だ」と感ずるからです。宗教、は後の世に他の人によって作られた形であって、キリストも、お釈迦さまも、宗教にしろなんて一言も言っていなかったと思うのです。悟った人はそんなことは言わなかったと。

今日はクリスマス。
愛を説いたイエスキリストの生涯を思って、自分の中にも少しでも「愛」を育てる日にしたいです。


私が好きな聖句を一つ、そして、今年瞑想センターで奉仕した時に教えてもらった仏陀の言葉を一つ。

まず聖書から。マタイ:7章1節~5節
「さばいてはいけません。さばかれないためです。
あなたがたがさばくとおりに、あなたがたもさばかれ、あなたがたが量るとおりに、あなたがたも量られるからです。
また、なぜあなたは、兄弟の目の中のちりに目をつけるが、自分の目の中の梁には気がつかないのですか。
兄弟に向かって、『あなたの目のちりを取らせてください。』などとどうして言うのですか。見なさい、自分の目には梁があるではありませんか。
偽善者たち。まず自分の目から梁をとりのけなさい。そうすれば、はっきり見えて、兄弟の目からもちりを取り除くことができます。」

そして、マッジマ・ニカーヤから。「正しい言葉」
「正しい言葉を使う者たちは、真実を話し、誠実で、信用がおけ、頼みになげ、他人に対して率直である。彼らはけんかを和解させ、和合を促す。調和に歓喜し、調和を求め、調和に喜びを見いだし、言葉を使って調和を生み出す。彼らの言葉は穏やかで、耳に心地よく、思いやりがあり、心温まる。また礼儀正しく、理にかなっていて、人々を喜ばせる。彼らは当を得た時に、事実に基づき、相手の助けになることを、ダンマと行動規範に沿って話す。彼らの言葉は覚えておくに値し、時宜を得ており、しっかりとした道理に基づき、よく選ばれた建設的なものである。」


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今年のクリスマスは夫婦揃ってメサイアを歌う機会に恵まれました。なので、今年はいつもより、キリストの生涯について想いを馳せる時間が長くありました。同じくミッションスクールで中・高・大学を過ごし、瞑想を共にする夫ともたくさん話をしました。二人とも同じバックグラウンドだと言うのはとてもありがたいことで、私が「今日はこんなことがあってね。こんなことを考えたんだけど、これって聖書の中にあるあの話だよね。こういう意味の話だったんだ、ということがやっとわかったよ~」といっても、すんなりと通じるので、とてもスムーズなのです。

自分が日々の中で感じたこと、考えたこと、気がついたこと、を夫と話すのはとても楽しく、貴重な時間です。それについて意見を交わしたり、理解が間違っていれば助けてくれたり、新しい視点を提供してくれたり。これからも続く日々の学びのためのありがたい伴侶がいてくれること、なんて幸せなのだろうと思います。

今年のクラス終了!

先週末で、今年のクラスが全て終了しました。

12月17日、18日、20日はクリスマスメニューのクラス。
19日に特別クラス、鯖寿司&お節メニュー作りをやりました。


クリスマスメニューは、ロースチキンをメインとしていますが、
皆さんに”意外と”好評なのが、"Christmas Pudding"です。


(これは上海に居た当時あり合わせの材料とガラスのボウルで作ったバージョン)




イギリスのクリスマスには欠かせないこのデザートですが、
ものすごく甘くて、ものすごくヘビーなので、イギリス人でも
嫌いな人が多いのです。だけど、この時期のスーパーには
いろいろな種類のクリスマスプディングが並んでいます。

なので、いつも出す時には「お口に合いますかどうか・・・」と
言いながら出しますが、みなさん「美味しいです♪」と
気にいってくださいます。”意外と”と思っているのは私だけかも。


甘さは10分の1ぐらい、オーガニックのドライフルーツ、
厳選バター、自家製ラードなどをふんだんに使っているので、
美味しく出来上がっています。

もちろん私も結構好き♪
ブランデーバターと紅茶がマストアイテムです。

これを食べると「クリスマス~」と気分が盛り上がります。




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毎年、クリスマスメニューのクラスが終わると、
私たちとしてはもうクリスマスは終わったような気分
になってしまうのですが、今年はもう少し楽しいイベント
が続きます。


12月23日はオール青山メサイア公演で歌いますので、
1日クリスマスな気分。


そして、24日は新国立劇場に「くるみ割り人形」を観に行きます。(リンク先、音楽が流れます)
と~ってもうれしいです♪

普段バレエはあまり見ませんが、くるみ割り人形は大好き。
ロンドンのロイヤルオペラハウスで観た時は、大感激でした。



―ロイヤルバレエの「Nutcracker」―


クリスマスに両親と共におしゃれをした子供たちが
楽しそうにくるみ割り人形の舞台を見ていました。
私たちも気分は子供に戻って、数時間の夢の舞台を
楽しく過ごしたことを思い出します。


冬が終わり、春が来る。
その嬉しさが重なって、なんとも幸せな気分♪


"Merry Christmas!!"



キムチ

10年ほど前、ロンドンに住んでいた頃、どうしてもキムチが
食べたくなって、自分で作ってみました。

中華街で白菜を買い、West Indiesの人たちが行くマーケットで
桜エビぐらいの大きさの干しエビを買い、インド人マーケットで
辛くなさそうで香りがよさそうなトウガラシを買い、手持ちの
昆布やするめを小さく切って、適当に作ったのが私の作った
初キムチでした。

こんなキムチでも、涙が出るほどうれしかった記憶があります。

そのころ、私は漬けものが嫌いでした。
ぬか漬けも、浅漬けも、なんでも苦手。
でも、漬けものが乳酸菌いっぱいで身体に良いのは分ってる。

どうしよう。

そこで「キムチなら食べたいぞ!」と思ったのでした。

以来、作り方は変化したものの、我が家の食卓には
手作りキムチが並ぶようになりました。




今年になって、石川県の魚醤を使うようになり、
以前より一層おいしくなりました。
化学調味料が入っていないキムチは、発酵していく過程で
その経過を楽しむことができ、冷蔵庫で3カ月ぐらいは
平気で持ちます。

すっぱくなったキムチはお料理に最適。

昨日はと~っても寒かったので、キムチ鍋にしました。
乳酸菌が死なないようにキムチを入れてからはすぐに火を止め、
おととし仕込んで保存してある手作りみそも溶かしいれます。
お野菜もいっぱい入れて、身体がほっこり温まる~♪


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温かいお鍋を食べながら、実は私は胃がムカムカしていました。
もう食べたくない~、気持ち悪い~。

冷えている胃は温かいものが入ってくるのが嫌なんです。
それに、休みたいからもう食べてくれるな、っていうサインでもある。

そういう時は温かいものを少し食べて、もういいな、というところで
止めておく。そうしないとまた悪循環。

たくさん食べる→
胃が疲れる→
胃が冷える→
冷たいものがほしくなる→
冷たいものを食べる→
また胃が冷える・・・

私は子供のころすごく小食でした。
もともと胃腸に毒素をたくさん抱えていたんだと思います。
だから、たくさん食べられなかった。

でもある時期からとてもたくさん食べるようになりました。
それと同時にもっと体重が減った。
そしてもっと食べないと!と食べれば食べるほど
痩せて行きました。

太るためには食べない、そしておなかを温める、
ということを本で知り、朝ご飯を食べず、
一日1-2食になりました。胃を休ませるために。
そして運動、身体を温めること、正しい食事、とやるうちに
やっと元通りに戻りました。

私は食べることが大好きなので胃に相当負担をかけています。
きちんといたわってあげなくてはいけません・・・。

冷えますね~(>_<)

寒波到来だそうで、冷えますね。

ずいぶん暖かい12月だな~?!と思っていたので、
やっと冬らしくなった感じもします

先日のクッキングサークルでは鯖寿司を作りましたので、
私は連日生魚をたべてました。
塩をし、酢で〆ているとはいえ、胃は冷え冷えです。

冷え取りソックス重ね履きで外側から暖めているものの、
身体の内側からの冷えは強力で、少し冷えてくると
身体が「もっと冷たいものちょうだいな♪」と誘惑してきます。

アイスクリーム大好きな私ですが、ここしばらく全然食べてないのに
こういう時に限って身体は要求してくる。
そしてチョコレートも食べたくなる。
砂糖は身体が冷えますね。

そして、身体は冷え冷え。
半身浴をしてみるものの、身体の芯からは温まりません。

今日は夕方から12月23日に行われるメサイアの合唱の
練習。しかし、このままでは絶対に熱が出る。
まあ、熱を出すのも良いんだけど・・・とは想いつつ
練習へ。

初めは体調わる~い感じでしたが、しばらく本気で歌って
いる間に、身体の芯から熱くなりました。最後は汗だく、というかんじ。

やっぱり筋力使うと熱が生まれるのね~と実感。
風邪への道筋はきれいさっぱり消え去りました♪

しかし、胃の冷えはまだ残っています。

こんにゃくを10分ほど煮て、あつあつをタオルで包んで
お臍部分を30分ほど温めます。
そして、お鍋で熱湯を沸かし、その中に生姜スライスを数枚。
生姜白湯を作り、熱々をちびちび飲みます。

あ~、温まる♪


明日は一日徹底的に暖かいもの、身体の温め、で冷え取りに注力しようと思います。


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炊きたてのご飯ほどお腹が温まるものって無いように思います。
かまどさんで炊いた炊きたてのご飯をお櫃に移して、そしてお茶碗へ。
何にも代えられない幸せなごはん



(私が使っているのは限定カラーのかまどさん♪)



アーユルベーダでは作って3時間以上たった食べ物は食べない、と言いますね。以前は「インドは暑いから衛生上良くないってことかな」と思っていましたが、最近そうではないな、と実感します。食べ物の活力が無くなっているんですね。だからそれを食べれば身体の中で停滞して毒素となる。

インドでは家庭の主婦が作ったお弁当をお昼に夫のいるオフィスに届けてくれる「お弁当運び屋さん」が居ますよね。朝作って持たせてお昼に食べるのではなく、数時間前に作ったものを運んでもらう。インドは、そういう、本当に大切なことが知恵として伝統として継承され、それが生活の中に生きている。なんと素晴らしいことかと思います。

手作り、作りたてのご飯が食卓にならび家族で食べる。
それは文字通り温かい食卓なのだなあ、と思います。
炊きたてのご飯、作りたてのお総菜はみんなのお腹を温めてくれるのですね。

私は買ってきたお惣菜が苦手。作り置きのおかずも苦手。
自分で作ったとしてもお弁当は苦手です。
電子レンジも使いません。
何でだかわからないけど、そういう類のものを食べたいと思えない、という自分の感覚は「それで良かったんだな」って最近思えます。

私は「主婦」という職業が大好きです。
これからも出来たてのご飯を夫に食べてもらえるように、
招いたお友達に食べてもらえるように、
食卓にごはんを並べたいな、と思います。
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