食欲の暴走に流されず、必要なものを最小限食べる。
一見簡単そうなことが難しい。

このブログの記事を読んで、
↑のことを思った。

http://ameblo.jp/djkoji100/entry-12053378895.html




タンパク質をたくさん取らないと!とか、
カルシウム足りてない!とか、
栄養取らなきゃ!という気持ちを
抱えている人が多い気がする。



オフィスワークの人なんて
そんなにエネルギー必要じゃないのにね。



「食欲」という欲は、
「味覚」という感覚が関係してる。



今週東京の家に来ているが大変居心地が悪い。

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このマンションの部屋も、自分たちなりに手をかけて、
壁を漆喰にしたりしてるけど、田舎の家には到底かなわない。


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マンションのフローリングは、千葉の家で使ってる
ような無垢の床板じゃないし、歩いてても「足裏が満足」
してないのが実感できる。

古民家で暮らす気持ち良さを体感してしまったら、
東京のマンションという住空間で味わう「肌感覚」は、
どれもこれも「快」とは言えない。



以前から、
「東京にいるとなぜいろいろなものが食べたくなるのかな?」って
感じてた。

田舎の家に行くと必要以上に物を食べたくならないのに、同じ人間が
東京と田舎を行き来するだけで、食べたいもの、食べる量が変わる。



今朝、夏の朝食として大のお気に入りの「桃の甘酒スープ」を飲んだ。


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<桃と甘酒のデザートスープ>
    レシピはこちら



私も夫も「ふ~っ(^^)」と笑顔が出て、暑さで辟易しているの中で、
なんだかすごく救われた感覚を得た。

「快」の感覚が数日ぶりに得られた感じだった。



「あぁ、肌(目や耳も)で感じる感覚に『快』が得られない時、一番
手っ取り早いのが『味覚』による満足なんだな」って思った。



東京にいると、なんでこんなにいろんなものが食べたくなるのか?
という私の疑問に、一つの実感が得られた。



自分が置かれている環境をトータルで整えていくことが大事。

私は、そのためには住環境はとても大事だと感じてる。



先日のDIYセミナーで、アトリエへんの建築士、片山先生夫妻が

「足が触れる『床』は一番大事。
目に入る『壁』が漆喰だったり、土壁だったりすると
なんだかほっとするんだよ」っておっしゃってた。



まさにそうだと思う。



そういう「肌感覚」「視覚」「聴覚」などの「快」を得ることが、
自分自身の安定、幸せ、に大きく影響するのだと思う。



そんな大事な要素がビニールの壁紙にとってかわられ、
フローリングも木なんてほとんど使ってなくて、
ビニールの木目プリント。



東京はミシュラン星付きのレストランで溢れてる。
美味しいものを求める人であふれてる。



「味覚」だけが異常ともいえるレベルで満たされるということは、
裏で何が見失われているのか?



自分たちが「快」と思える、その感覚。
それらがことごとく見過ごされているからこその、
食への飽くなき暴走。
アンバランス。



大都市にいて「快」を手にするには
「お金」との交換が条件であることが多いし。
逆に、自然の中では「快」は結構手軽に手に入ったりする。
「お金」も必要ない。



私自身、料理の仕事をしながらも、
「私がやりたいのは、料理だけではない!」と
ずっと言葉にしてた。

料理の先生としては褒められたことではないと思うけれど、
違和感をずっと感じてた。

「食」だけを満たす方向性はバランスを欠いている。



「住」にトコトン向き合っている今、
自然あふれる環境に身を置ける状況になって初めて、
都会で生まれ育った私がずっと抱えていた
「感覚のアンバランス」をようやく自己認識し、言葉に
出来るようになった気がする。

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(古民家改修が終わったら、庭を眺めながら、
またお昼寝したい~♪)